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滝沢敏文氏がイデオンに参加した経緯と富野由悠季監督,高橋良輔氏,SAMURAI 7,そして…


滝沢敏文氏は,富野監督作品では
『伝説巨神イデオン』,『戦闘メカザブングル』,『重戦機エルガイム』,『機動戦士Zガンダム』,
『機動戦士ガンダムZZ』,『New Story of Aura Battler DUNBINE』(監督),『動戦士Vガンダム』
に参加されています.

映画のイデオン接触篇/発動篇では,富野は総監督,滝沢氏が監督です.


また,他のアニメは,『装甲騎兵ボトムズ』,『ダーティペア』(監督),『機動武闘伝Gガンダム』,
『SAMURAI 7』(監督),『超速変形ジャイロゼッター』などに参加されています.

富野作品だけではなく,同じくサンライズの高橋良輔氏の作品にも多く参加されており,
富野・高橋のから両氏と関わりが深いです.


滝沢敏文 - 株式会社モリング

(アニメーション演出・監督)
滝沢 敏文(たきざわ としふみ、1953年9月18日 - )は、長野県松本市出身のアニメーション演出家、アニメーション監督である。東京造形大学卒。 大学卒業後、東京アニメーションフィルム(現:アニメフィルム)に入社。同社に撮影スタッフとして勤務した後、シンエイ動画に移籍し演出助手に転向した。 その後日本サンライズ(現:サンライズ)に活動の拠点を移し、『装甲騎兵ボトムズ』『ダーティペア』などの演出チーフ・監督を務めた。 フリーになり監督、演出、絵コンテなどで活躍。2004年GONZOによるフルデジタル・アニメーション『SAMURAI 7』の監督を努める

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滝沢敏文 - Wikipedia



アニメ@wiki - 滝沢敏文








■滝沢敏文氏とイデオン


誤った選択: 滝沢敏文の頭の中 2011年08月04日

最近やらかした誤った選択はちょい置いといて、すこし話しを散らかす事にしてずっと若い頃の話しである。  
まだ駆け出しの演出のころ、逃げ出すための追い風が吹いてくれた為、正しい選択をした時の事。
 「富野作品の新作をやるから直ぐに来い」と長谷川プロデューサーに言われた事がある。
その時私は(タンサー5)をやっていたから「直ぐには行けない」といったのである。

 すかさず長谷川さんは「タンサー5なんかほっぽり出して来なさい」と言う。 
私は「そうは行かないでしょうが」というのだが「どうしても来い」というのである。

 ちょい困っていると(タンサー5)のフロデューサーの足立さんが予想外の事を言ったのである。
 「タンサー5なんてどうでもいいからイデオンに行きなさい、
後は私が撮出しやっとくから」などととんでもない事を言うのである。
 プロデューサー自らそう言うのであるから「良いか」っとばかりにイデオンスタジオに行く。

 このように逃げ出す理由が見当たればさっさと逃げ出して新しい環境に着替えるのは得意だ。

 この時の事はあとになっても良かったと思っている。 
 話しは戻って最近の過ちの話し。


まず,滝沢氏のブログタイトルから誤解を受けるかもしれないですが,
イデオンに参加したことは良かったと仰っています.

プロデューサーの誘い文句だと思いますが,
「タンサー5なんてどうでもいいからイデオンに行きなさい、後は私が撮出しやっとくから」
はすごい言い方ですね(笑)

おそらくですが,イデオンの制作は時間や人手が足りなく,困っていたのでしょう.


富野愛好病 さんでは,滝沢氏についての資料がまとめられています.


TOMINOSUKI / 富野愛好病 イデオンと富野喜幸と滝沢敏文

本誌(注:アニメック) 例えば「イデオン」の映画ですと滝沢敏文さんが監督をなさるなど、アニメーションではどんどん若い人が起用されてゆきますが、総監督と監督は、今回の映画では仕事内容にどのような違いがあるのでしょうか?

富野 厳密に言えば、滝沢君の場合には、実写の世界でいう助監督に過ぎないでしょう。ただ、助監督とも言い切れないんです。だから「イデオン」の場合にはあくまでもこうしました。つまり、本来コンテュニティ(絵コンテ)を抑えられない限り、本当の意味での監督とはいえないんです。

Bロール(発動編)に関して言えば、滝沢君が監督であることに間違いはありません。別にヨイショするわけではないけれど、少なくとも演出処理術というものに、僕にはできないものがある。やはりひとつには、年の差というものがありますね。若い感性の持つフレキシブルなものというのは間違いないものだし、僕にはもうマネのできないものだし。例えば、光の処理法ひとつとっても、僕とは違った味わいがある。あれはもう、滝沢君のものですね。そういうオリジナリティというものは、歴然たるものです。



TOMINOSUKI / 富野愛好病 イデオンと富野喜幸と滝沢敏文(2)

――スタッフの多くが、富野監督と組むのは初めてだったわけですよね。とまどったりしたことはなかったですか?

長谷川 でもね、当時のスタッフというのは、『ザンボット3』『ダイターン3』『ガンダム』と攻め上がってきた富野さんの成果を、皆、脇から見ているわけですよ。だから一度、富野さんと一緒に仕事をしてみたい、という気持ちはあったと思いますよ。実際にやることになって怖れも少しはあったと思うけど、何か新しいものがつかめるんじゃないか、という期待もあった。滝沢くんなんか、そういうものの権化だったと思いますよ。一時期は富野さんの影響を強く受けたコンテを描いてたし、絵まで似てたからね。だから滝沢くんは高橋良輔さんと組むことが多くて、また後で『ボトムズ』でも組むんだけど、富野さんを経由したことで、戦力として成長したと思いますよ。

僕らだけの宝物、『イデオン』

 劇場版の監督も、誰かに「やってくれ」っていわれたんじゃなくて、「俺がやる」っていったんです。そういう「やりたい」と思わせるものが、『イデオン』には確かにありましたね。
 監督をやるにあたっては、富野さんからの注文は別になかったです。富野さん、忙しくて。同時期に『ガンダム』の劇場版をやってましたからね。たまに相談にいくと、怒るんですよ。「相談するな!」とかなんとか(笑)。勝手にやってくれって感じだったですね。でも、忙しくなくても、そうだったと思いますよ。「俺がやる!」「じゃあ、滝沢やれ」っていう世界だったから。









■滝沢敏文氏と富野監督

滝沢氏ブログから「富野」で検索して出てきた記事です.

samurai7新オープニング: 滝沢敏文の頭の中 2006年11月04日

ある日笠間君から電話が入った。 
samurai7NHK総合で放映されることになったのですが、
オープンエンドだけリニューアルしたいのです、
時間がないのでできれば監督に絵コンテを描いてほしいんです、もちろん早業で。

曲はメールですぐ送るということで、聴いた・・・ラップだ・・・。

話しは戻るが、何がきても外しているかぎり私はいやがりません。 
如何にもトミノ作品の様なオープニングは嫌いです。

驚かない原因は既にあり、アニメジャナイ事件を経験しているからだ。
(解る人には解ること) このアニメジャナイの絵コンテ、第一項は拒否された。
当時の状況を考えると仕方有るまいとは思うが。


「アニメジャナイ事件」は,おそらくZZのOPのことですね.(アニメじゃない~アニメじゃない~♪)
「如何にもトミノ作品の様なオープニング」とは,パターン化したものを真似するということでしょうか.
別に富野監督や富野監督のOPが嫌いという意味ではないですね.


前言を撤回する: 滝沢敏文の頭の中 2007年07月04日

「不器量な雌を選ぶべし」という前言に賛成をえたところで暫し考えた。
その結果前言を撤回する。
               (略)
数年前、富野さんと打ち合わせをしていてあの人が言った言葉を思い出した。
「シンクロの小谷美香子は美しいと思うがボディービル系の女性はどうも苦手だ」
一般的に良く聞く意見だが、私の場合は機能に特化した特徴を魅力とかんじるから
筋肉の発達した女体は結構セクシーだと感じる。


2007年の数年前とはどのぐらいですかね?
2000年付近だと思いますが,富野監督と打ち合わせをした経緯はなんでしょう.


関係ないが(富野さんと良輔さん): 滝沢敏文の頭の中 2010年02月02日

私にとってはどちらも多少なりとも恩を返しておきたい人物なのであるが良輔さんに関しては実にまったくうまい具合に成るように成っていて、ちょいと前にボトムズのコンテ打ち合わせを兼ねて寿司屋で飲みながら話しをした。
「良輔さんには恩は返したような気がしているんだけどね」と私が言うと、「うん、うん、充分返して貰った」と良輔さんも同意した。

その時点で見えない証文は返してもらったことになる。

一方、どなたからもやっかいと思われがちな富野さんは私にとっても厄介だ。 けしてさほど悪い意味ではなく厄介なのである。

何故かというと随分と前になろうか。 私に向かってこんな事を言っていたわけで、これが厄介の元凶にちがいない。「相撲取りは兄弟子の足をすくって勝利する事を(恩を返す)というが」・・・だ。


妙な繋がりでネットで気持ちの悪いコメントに出くわすことがある。
「崇拝する富野との決別」とかなんとか。
どこのどいつか知らないが出任せで気持ち悪い事を書くんじゃあないぞ!そんな輩は説教に値する。

崇拝する人物なぞというものは今も昔も断じていない。
尊敬する人物はたくさんいる。

話しは戻るが外へ修行に出た結果、随分と頭が良くなった。
その結果けっこうな奇策が思いついたのである。

まあそれはさておきこのお二方にはまだ十年程は「まあだだよ!」と言っていて欲しいわけである。


もっとも明日私が交通事故で死なないともかぎらない。それは只のお笑いぐさ。

富野監督は一筋縄ではいきませんね(笑)


久しぶりの富野さんらしい作品を見た: 滝沢敏文の頭の中 2014年10月25日

夜中にレコンギスタをやっと見た。
今まで見ようとしてつい忘れていたが、やっと見る事ができました。

ふふーん、とにかく久しぶりに富野さんらしいものを見ました。
富野さんらしくてこれ、けっこういいな。


でも、宇宙エレベーターはできないんじゃないかと思う。
大気の流れは無視できない。

滝沢氏は富野監督のGのレコンギスタを見られていました.


何故、松平は執事喫茶を辞めたか-3: 滝沢敏文の頭の中 2014年11月13日

私は若い連中はみな好きだ、一生懸命だし、素直だし。
アニメ界の若い子達と似たところがある。
上の者の質がわるいのである。 ここへ来て、今更ながらに思うけれども、
富野さんや良輔さんはなんと偉かったことだろうか。 
例えると清水の次郎長ってなところだ。











■滝沢敏文氏と高橋良輔氏

滝沢敏文氏のボトムズ演出法 | ひびのたわごと

高橋氏につては詳しくなく,また高橋作品は苦手なのでサラッと流します.
滝沢氏と高橋氏の方がより師匠弟子に近いと思いました.

随分久しぶりのボトムズ: 滝沢敏文の頭の中 2009年10月20日

「ところであなた、ボトムズの絵コンテ切る気ある?」と良輔さん。 「やる気はあるよ」と私。 「実は今回は加瀬ちゃんにも頼んでいるんだけどね」と良輔さんが今回の趣向を話し出した。
「じゃあスケジュール次第でやる気は有るということだね」と良輔さん。
「うん」と私。
「じゃあ良武さんのことだからシナリオゆっくりだと思う、また制作から電話させるから」
ということでしばしゆるゆると時間は小さく未来へ針をすすめるのであった。



いろは匂えど: 滝沢敏文の頭の中

ある日の高橋良輔曰く「この歳になると若い女の子は全て可愛い」と宣わったのに頷きたいが、私の場合は食い物の趣味と同じく珍しい者にも興味を抱くので対象が広くて困っている。



倉敷: 滝沢敏文の頭の中 2011年01月23日

リョウスケさんのお供で倉敷芸大へ講義に行く。 リョウスケさんは大阪芸大の教授もしているのでそちらから倉敷へ(芸大のはしご)のようで倉敷で合流。 
最近金欠病気味で相談したところ、「倉敷芸大に教えに行く?良いところだよ。あまり稼ぎにはならないけど。」と言われたのである。


倉敷-2: 滝沢敏文の頭の中 2011年01月25日

倉敷-3或いは名古屋は雪景色だった: 滝沢敏文の頭の中 2011年01月29日

リョウスケさん曰く、学生達に向かって言わんでもよさそうな事を宣うのである。
私の弟子の中で二人、すぐ喧嘩して監督を降りてしまう出来損ないがいる。
一人はこの滝沢君でもう一人は池田成、この二人に関してはとにかくおおよそ、なにかというと喧嘩して止めてしまう・・・そうである。
私は池田と対比されるのは極めて迷惑である。 だってあれとは知性の住む時限が違う。 あんな者は味もそっけもないと私は思っているのである。

滝沢氏は,高橋氏経由で,2011年に倉敷芸術科学大学の講師を始められました.
池田成氏は,ガンダムW,サムライトルーパーの監督などです.


なにゆえ松平は執事喫茶を辞めたか: 滝沢敏文の頭の中 2014年10月21日

続けている間に良輔さんから「監督やる?」っと電話があったり、あちら方面から「絵コンテ」の依頼などもいろいろあったりしたが、都合上断らなければいけないこともあって。



癌とお近づき-5: 滝沢敏文の頭の中 2015年04月19日

そう、良輔さんから久しぶりに電話があった。
「ちょいと新しいのをはじめかけているんだけど手伝ってもらおうかと思ってさ」
声が良く出ないので、私の話は通じにくい。










■訃報

昨日の2015年6月25日にサンライズから公式発表がありました.
御冥福をお祈りいたします….







・ 滝沢氏のブログ
滝沢敏文の頭の中

滝沢敏文は、2015年6月22日朝、逝去いたしました。
食道ガンでしたが、前日まで車を運転し、犬の散歩をするという普通の生活をしておりました。
今までこのBlogを読んでくださった方、お付き合いくださった全ての方に感謝いたします。
もう更新はありませんが、記録はできる限り残しておきます。
皆様のご厚情、本人に代わりましてお礼申し上げます。
ありがとうございました。



娘の服部あゆみ氏
激動の : セ・キ・ラ・ラ

4日間だった




こう言ってしまうと失礼かもしれませんが,実はこの記事を書くきっかけは,滝沢氏が亡くなられたからです….
1953年9月18日生まれなので,61歳とは少し若いですね….もっと滝沢氏の作品が見たかったです.


最後のブログ更新記事です
その-21: 滝沢敏文の頭の中 2015年06月18日

最近の滝沢氏の写真
その-17: 滝沢敏文の頭の中 2015年05月22日

























■SAMURAI 7

『SAMURAI 7』は滝沢氏最後の監督作品です.
劇場版イデオン,OVAダンバイン,ダーティペアなど監督をなされていますが,最後の監督作品です.
参加作品だと『七つの大罪』(2014)の絵コンテです.
遅かったかもしれませんが,私は見ていなかったので,これから見始めようと思います.


SAMURAI 7にメカニックデザインで参加された小林誠氏





















最後に,繰り返しとなりますが,心よりご冥福をお祈りいたします。

また,大張氏の〝バリグナー〟で有名なドラグナーのオープニングは,滝沢氏でした.
ドラグナーのOP絵コンテは滝沢氏です.
しかし,演出は別の方とのことです.(演出は未発表)

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Author:だいけい
ガンダム関係・富野由悠季やアニメなどの情報紹介や考察をしていきます。
気軽にコメント頂けたら幸いです。


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